自己紹介で「声もいい男」と名乗ると、会場に微妙な空気が流れる瞬間があります。笑いをこらえる人もいれば、「どういう意味だろう」と首をかしげる人もいる。そんな場の反応を受け止めながら、私はあえてこのキャッチフレーズを使い続けています。なぜなら、この言葉には私自身の経験や学びが詰まっているからです。もともとは「声だけはいい男」という少し自虐的なフレーズから始まりました。しかし、あるきっかけを通じて「声もいい男」へと変化したとき、私は言葉が持つ力を実感することになったのです。

キャッチフレーズ誕生の瞬間
私が「声だけはいい男」と言われたのは、高校時代のことでした。まだ携帯電話もなく、家の固定電話が唯一の連絡手段だった頃。好きな女友達に電話をかけるとき、彼女の父親が出るのではないかという緊張で胸がいっぱいでした。受話器を握りしめ、ダイヤルを回す指先が妙に重たく感じたのを覚えています。
電話がつながった瞬間、私はとびきりの「よそ行き声」で「もしもし、◯◯さんのお宅でしょうか」と尋ねました。ところが出たのは父親ではなく、本人でした。安心したのも束の間、彼女は笑いながらこう言ったのです。
「今の声、いいね。今日はその声でしゃべって。」
さらに続いたのは衝撃の一言でした。
「野見山くんは、“声だけはいい男”だよね。」
その瞬間、胸にグサリと突き刺さるような感覚がありました。カッコつけたい年頃だった私は、深く傷つき、恥ずかしさに顔が熱くなるのを感じました。けれども、この言葉こそが、のちに私のキャッチフレーズとして生きることになるのです。
「声だけはいい男」を名乗る理由
高校時代には心に刺さった「声だけはいい男」という言葉も、20年後には自己紹介の武器へと変わりました。研修講師として人前に立つとき、最初の一言で場をつかむ必要があります。そんなときにこのフレーズを名乗ると、会場の空気が少し和み、聴衆の表情が緩むのを感じました。
たしかに「声だけはいい男」という言葉には、自虐的なニュアンスがあります。自分の欠点を笑いに変えることで、相手との距離を一気に縮められるのです。人は「完璧な人」よりも、どこか欠けた部分を持つ人に親近感を抱くもの。私もその効果を狙って、自己紹介の“ツカミ”としてこのフレーズを使い続けていました。
しかし一方で、「声だけは…」という言い回しには「それ以外はダメ」という印象も残ります。笑いは取れるけれど、どこかもったいない。そう感じながらも、当時はまだこの表現を超える代わりの言葉を持っていませんでした。
お客さまの一言で変わったキャッチフレーズ
転機が訪れたのは2018年のことでした。仕事の問い合わせをいただいたお客さまとメールでやり取りをしていたとき、その方からこんなアドバイスをいただいたのです。
「“声だけはいい男”だと、それしか取り柄がないように聞こえてしまいますよ。“声もいい男”に変えてみたらどうですか?」
この一言にハッとしました。たしかに「だけは」には限定の響きがあり、自己否定に近いニュアンスを含んでいます。一方で「も」と言い換えるだけで、自分の魅力を広げる表現に変わるのです。
私はすぐにキャッチフレーズを「声もいい男」へと切り替えました。実際に使ってみると、自己紹介のときに会場に漂う空気は相変わらず微妙なままですが(笑)、相手がその言葉を覚えてくれる確率は明らかに上がりました。シンプルな変更であっても、受け取る印象は大きく変わるのだと実感しました。
言葉の力が結果を変える
「声だけはいい男」から「声もいい男」へ。たった一文字の違いですが、その効果は想像以上に大きなものでした。以前は自虐的な印象で笑いは取れるものの、相手の記憶には残りにくい側面がありました。しかし、「声もいい男」と言い換えてからは、場に微妙な空気が流れる一方で(笑)、強く印象づけられるようになり、仕事の依頼も増えたのです。
言葉には、相手の心に映るイメージを左右する力があります。「だけは」という限定的な言い方は、自分の可能性を狭めてしまう。一方で「も」と言い換えることで、自分の持つ力を認めつつ、それ以上の広がりを示すことができます。つまり、言葉をどう選ぶかで、相手が感じる期待や信頼の大きさは変わるわけです。
私自身、この経験を通じて「自分をどう表現するか」にもっと敏感であるべきだと学びました。キャッチフレーズは単なる名乗りではなく、未来のチャンスを引き寄せる“種”でもあるのです。
まとめ
「声だけはいい男」から「声もいい男」へ。この小さな言葉の変化は、私にとって大きな意味を持ちました。自虐的に見える表現を続けていたころは、場を和ませる効果はあっても、自分の価値を伝えきれていなかったのです。しかし、「も」と言い換えるだけで印象は一変し、相手に「この人は他にも良いところがある」と想像してもらえるようになりました。
つまり、自己紹介やキャッチフレーズは単なる言葉遊びではなく、自分の未来を形づくる大切なツールだということです。あなたも自分を表す言葉を少し見直してみてはいかがでしょうか。たった一つの言葉の選び方が、人との関係や仕事のチャンスを大きく変えるかもしれません。